Japanische Fichte-Gesellschaft
日本フィヒテ協会


日本フィヒテ協会賞



【フィヒテ賞(第二部門)】

湯浅 正彦氏

――受賞対象著作――
  • 『絶対知の境位―フィヒテ知識学読解への誘い』(角川文化振興財団、2020年3月)
――受賞理由――
 本書は、1801/02年『知識学の叙述』と1810/11年『意識の事実』を取り上げ、前者については普遍妥当的な知の根拠としての「絶対知」の特性を「絶対者」との関連で、構成諸契機とその連関とその直観的把握、その叙述行程に関して詳しく分析し、後者については、知覚的意識を出発点としてさらに実動的意識、人倫界、さらに絶対者との関りへと上昇し、それらを通した「生」の発現を綿密にたどっている。
 概して、前期知識学は「絶対的自我」の立場からカントの批判哲学の「完成」を目指したのに対して、後期知識学では一転して「絶対知」をも越えた「絶対者」を前提とした形而上学的性格を帯びるとみなされがちである。だが湯浅氏は、後期フィヒテが「概念的把握不可能な一者」を「知」の最終根拠とすることにおいて、むしろカントの超越論的観念論の継承とその仕上げを見届ける。というのは、「知」が何かを「概念的把握」するのは、必ず「対立」の枠内で行うしかなく、そのかぎり「対立」を欠く「一者」を「概念的把握」しようにもしえない。それにも拘らず、その「知」が「多様を統一する」営みである限り、それ自身「一者」あるいは「生」を、「像」の原型として前提せずには成り立たない、それ故、「一者」は「概念的把握」されえないものとして「知」の超越論的条件をなすことになる。実際、湯浅氏はそのような「知」とその「根拠」との超越論的な関係が、フィヒテの具体的立論の中にも垣間見られることを指摘する。
 本書は、このように1801/02年中期知識学と1810/11年後期知識学のすぐれた分析読解として評価できるだけでなく、同時に本質的には、超越論的自我論の探究者である湯浅氏自身における絶対者と自己との「論理」を探究する思索と捉えることができる。その試みは、カントの経験世界の論理を越え、フィヒテ知識学の解釈をも越えて、さらなる探究の深さを示唆するものである。その意味で本書は真に根源的な哲学の名に値する労作であるといえよう。
 とはいえ、内容に対する高い評価とは別に、紀要等を単著にまとめ上げるさいには、「序」において各論文の連関や全体構成についての説明を付すなど、もう少し工夫があってもよかったのではないかというコメントも複数あった。選考委員会は、そのような不十分な点を認めながらも、本書は全体として『フィヒテ賞』に値する水準に達していると判断した。


2021年10月10日
日本フィヒテ協会賞選考委員会 委員長代理 杉田孝夫